大河ドラマ「青天を衝け」で竹中直人さん演じる徳川斉昭とは?

歴史人物

大河ドラマ「青天を衝け」で竹中直人さんが演じている水戸藩第9代藩主徳川斉昭は幕末の頃の名君と言われています。

しかし思想的には強烈な尊王攘夷の人でその激しさからか烈公と称されております。

ドラマの背景に重要な役割を果たしていますので、その生涯と人となりをお知らせします。

 

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水戸藩主徳川斉昭の生涯

徳川斉昭は第7代藩主徳川治紀の三男として1800年に江戸の水戸藩邸で生まれました。幼少から学問に秀でていたようです。

長男は第八代の藩主になりますが、後の二人は早々と他家に養子が決まっていたようです。

本人は行き先も決まらないまま部屋住みをしていたところ、長兄が亡くなり、いろいろ問題があったようですが、第9代藩主に治まったようです。

このころで30歳ですからずいぶん遅い登場になりました。しかし斉昭は積極的に藩政改革を実施します。

この際に先に紹介した藤田東湖とか武田耕雲斎などを登用します。藩政改革の主要な点は次の4つです。

  1. 「経界の義」(全領検地はわかりますよね。)
  2. 「土着の義」(藩士の土着)
  3. 学校の義(藩校弘道館及び郷校建設)
  4. 「総交代の義」(水戸藩は徳川家康の命により水戸ではなくて江戸に定住することを要求されていたようです。そのことを廃止したようです。)

また、強烈な尊王攘夷思想の持ち主ですから、寺院を弾圧して神社を優遇する明治時代の廃仏毀釈の先駆けのようなこともしていたそうです。

 

幕政にも積極的に参画しますが幕府とは2つのことで大きく対立することになります。

一つは1853年のペリー来航に伴う開国論議です。当然尊王攘夷ですから開国大反対です。これによって井伊直弼と大きく対立していくことになります。

 

二つ目は第13代将軍徳川家定の後継者問題です。紀州の徳川慶福と息子の一橋慶喜で争うことになります。また、これも井伊直弼と対立してしまいます。

 

最終的にはこれらの問題で謹慎処分されてしまいます。それが、有名な安政の大獄です。その時斉昭は58歳です。そして、謹慎中に亡くなってしまいます。

息子の一橋慶喜が将軍になったのはその7年後になります。

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水戸藩主徳川斉昭が残したもの

徳川斉昭は藩政改革を通じて、水戸藩の文武を奨励したようです。今でも、彼の建設した弘道館は親しまれているようです。しかしながら、水戸学の伝統なのか、彼が奨励した尊王攘夷の思想は幕末の重要な役割を果たしてしまいます。

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水戸藩主徳川斉昭が残した漢詩

斉昭の文の方も紹介しておきます。

 

弘道館賞梅花  徳川斉昭

弘道館中千樹梅 〇●●〇 〇●灰

清香馥郁十分開 〇〇●● ●〇灰

好文豈謂無威武 ●〇●● 〇〇●

雪裡春占天下魁 ●●〇〇 〇●灰

ついでに、この漢詩の規則を少しだけ触れます。これは典型的な7言絶句の形式です。

漢詩の後についている〇は平字、●は仄字と言って、12世紀ごろの元の時代の発音で漢字を分類したものです。

漢詩はこれの配列に規則があります。また、「灰」と書いてあるのが韻字です。第1句、第2句、第4句の最後にこの韻の字を用いることになっています。

読み

弘道館梅花を賞す 徳川斉昭

弘道館中千樹の梅

清香馥郁十分開く

好文あに謂う威武なしと

雪裡に春を占む天下の魁

 

意味

弘道館の中には千本の梅がある、

清らかな香が満ち満ちていっぱいに咲いている。

好文と呼ばれる梅はどうして勇ましさがないと謂われるのか、

雪に埋もれているが春に咲き誇り、天下の魁になるではないか。

 

徳川斉昭らしい漢詩ですね。

 

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「青天を衝け」で竹中直人さん演じる水戸藩主徳川斉昭はどんな人?のまとめ

ドラマを楽しむためにも時代背景がわかったほうが良いかと思い、徳川斉昭について調べてみました。最後に息抜きに漢詩も披露しておきました。なんといっても尊王攘夷そのものの人だったようで、後世から見れば時代錯誤ともいえるのかもしれません。でも狭い日本の中で教育を受けたのですから仕方がないかもしれません。

最後は、心筋梗塞で亡くなったとの説もあるそうです。いずれにしろ元藩主を謹慎処分させられたことを恨んだ水戸浪士によって、敵役の井伊直弼も桜田門で暗殺されてしまします。

そこからのテロリズムは幕末の暗黒史ですがそういう激動の時代だったのですね。

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